川中島の合戦では武田の拠点!後に真田信之が入城した松代城

これも数年前の話になります。長野県は戸隠の帰りに寄り道。せっかく北上したのですから面白いところに寄りながら帰りたいもの。

今まで訪れることもなかった松代へ。
松代と言えば松代城ですね。せっかくなので松代城へ立ち寄ります。

DSC_0232

松代の地元は「六文銭」が当たり前に町の中にちらばっていますね。

DSC_0233

 

DSC_0235

松代城とは!?

武田信玄と上杉謙信が信濃の覇権を競った川中島合戦で、武田側の拠点として築城。千曲川の流れを外堀とする天然の要塞で、当時は「海津城(かいづじょう)」と呼ばれていました。

江戸時代、真田氏が松代藩主となると、松代城を中心に真田10万石の城下町が発展。明治の廃城にともない建物が壊されたため、長い間石垣を残すのみでしたが、1981(昭和56)年、新御殿(真田邸)とともに国の史跡に指定。その後、長野市により環境整備工事が行われ、2004(平成16)年に櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元されています。

残念ながらの復元のお城。いや、復元してくれているだけでもありがたいという話ですね。
かの伝説の川中島の合戦の拠点にもなった海津城。
そのような歴史深いところにこれるなんて…。嬉しい限り。

DSC_0237 DSC_0238

いざ、海津城改め松代城へ

DSC_0265

 

DSC_0242 DSC_0246

平成14年までの整備事業で、本丸太鼓門・北不明門の2基の櫓門と二の丸の土塁や堀が復元されています。

DSC_0247

見事な再現。
お城も再現してくれたらよかったのにと思うのは俺だけではないはず。

DSC_0250 DSC_0251 DSC_0253 DSC_0254 DSC_0255 DSC_0256 DSC_0257 DSC_0258

かつては武田信玄がここから上杉謙信の軍勢を睨んでいたのでしょうか…。

DSC_0260

石垣も立派な再現です。

DSC_0261

もちろん城の守りの要。水堀もあります。

 

DSC_0267

江戸時代になると、真田信之が13万石で入城。
以後、松代藩の藩庁として明治維新まで真田氏の居城となったそうです。
どうりで町には六文銭が散りばめられているはずです。

今年、2016年の大河ドラマは「真田丸」。真田家ゆかりの地はさぞ賑わっているんでしょうね。

松代城/海津城

所在地:長野県長野市松代町松代殿町44
電話:026−278−2801(真田宝物館)
駐車場:あり
HP:http://www.sanadahoumotsukan.com/facilities/facility.php?n=7

 

合わせてチェック!
 
 

\この記事が面白かったらシェア/

 次回予告
  1. 【平清盛が行った日宋貿易の要!出土した石椋から大和田泊を思ふ】

  2. …のような記事を予定しております。現在、順調に執筆中!お見逃しなく!!

   
 

Masayan
当ブログを運営しておりますMasayanは、旅行サイト「たびねす」へも記事を寄稿しております。 お時間がある方・興味がある方は是非、こちらの記事も合わせてご覧ください。

コメントを残す

CAPTCHA


スパムコメント対策中 - H Speed WP
 

ABOUTこのブログをかいてる人

普段は看護師をしております。好きなものは日本史。特に古代史・平安・戦国・幕末が大好物です。都市伝説・フリーメイソンの話も大好きです。 休日は寺社、城、史跡巡りを主にしております。