日本最古創建!奈良県の石上神宮は本物のパワースポットだ

奈良にいくつも存在するパワースポットの中から今回はこちらをご紹介させていただきます。

その名は【石上神宮(いそのかみじんぐう)

みなさんご存じですか?

なんともすごい事に『日本書紀』に記された「神宮」は伊勢神宮と石上神宮だけであり、その記述によれば日本最古設立の神宮なのだそうです。

そのように聞いたら参拝せずにはいられませんな!

石上神宮とは!?

石上神宮の御祭神は、布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)、布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)です。
ちなみに布都御魂大神は、ご神体である布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿るご神霊とのことです。

社伝によると、布都御魂剣は日本神話の「出雲の国譲り」に登場する武甕槌・経津主二神による葦原中国平定の際に使われた剣です。そして、その後、初代天皇になられる神武天皇の元に渡りました。それ以降は物部氏により宮中で祀られていましたが、崇神天皇7年に物部氏の伊香色雄命が現在地に遷し、「石上大神」として祀ったのが石上神宮(いそのかみじんぐう)の創建となります。

いざ、石上神宮へ

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駐車場から歩くと綺麗な緑が続く参道。

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おぉ!なんと立派な鳥居!
聞いた話ではあの奈良の英雄・聖徳太子も鳥居を潜るとパワーを感じたという話です。
本当かどうかわわかりませんが…。

もともと鳥居はそこから先は聖域や神域という意味合いがあるそうですが、鳥居を潜る前からただならぬ気配を放っている時点でもはや異世界のようです。

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鳥居を潜り進むと池があります。広いです。緑も豊かです。
都会の喧騒なんて一瞬で消え失せますね。これがパワースポットと呼ばれる所以なのでしょうか。

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境内には鶏さんがいらっしゃいます。

鶏は「古事記」や「日本書紀」などに登場し、暁の時を告げる神様の遣いとされています。
石上神宮では約30羽の鶏がいるそうです。

奈良では春日大社は鹿が神の使いとして闊歩しており、石上神宮では鶏が闊歩しております。

個性豊かです。

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そして牛さん。

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垣と階段と楼門

なんという美しさ。素敵ですね~。
建築には疎いのですが、人の心を動かす黄金比とかになってたりするんですかね。

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そしてこの立派な楼門。重要文化財です。
そりゃそうです。これだけ立派ですもん!

楼門をぬけて拝殿へ

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こちらが拝殿。

主祭神
布都御魂大神 (ふつのみたまのおおかみ) – 神体の布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊
配神
布留御魂大神 (ふるのみたま-) – 十種神宝に宿る神霊
布都斯魂大神 (ふつしみたま-) – 天羽々斬剣(あめのはばきりのつるぎ)に宿る神霊
宇摩志麻治命 (うましまじのみこと)
五十瓊敷命 (いにしきのみこと)
白河天皇
市川臣命 (いちかわおみのみこと) – 天足彦国押人命(孝昭天皇皇子)後裔で、当社社家の祖

引用元:Wikipedia「石上神宮」

どうやら神剣に関する神様が多いですね。

この石上神宮は飛鳥時代に名を馳せた豪族、物部氏の総氏神としても知られています。
なぜ物部氏なのか…。

祭神の布都御魂大神は、出雲平定の折に
建甕槌神が帯びていた霊剣「平国之剣」「韴魂」の御霊。
神武天皇東征の際に、熊野で高倉下を介して天皇に奉られた剣。

神武天皇は即位後、物部氏の遠祖・宇麻志麻治命に、
その神剣を授け宮中に奉祀させた。
宇麻志麻治命は、父・饒速日尊が降臨の時に天津御祖から賜った
「十種の神宝」を天皇に献上し、斎き祀った。
その神気を、称えて布留御魂大神と称したという。
「十種の神宝」とは、以下の神宝。
羸都鏡・辺都鏡・八握剣・生玉・足玉・死反玉・道反玉・蛇比礼・蜂比礼・品物比礼。

一説には、昔布留の川上から一つの剣が流れて来て、触れた石や木は皆切り破られた。
そこに布を洗う女がいて、その剣を布で纏って留めて祀ったので布留というとも。

崇神天皇七年、物部連の祖・伊香色雄命が勅を奉じて
布都御魂大神と布留御魂大神を石上の高庭に遷し祀り、石上神宮と称したという。

垂仁天皇三十九年十月、五十瓊敷命が茅渟川上宮で
剣一千口を作り石上神宮へ納めたが、
後に五十瓊敷命が石上神宮の神宝を管理するようになった。
あるいは、物部首の始祖、春日臣族の市河が管理したとも伝えられている。

引用元:石上神宮

そういう繋がりがあるんですねぇ。勉強になります。

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美しい拝殿です。

ここ石上神宮にも、拝殿と本殿がありますが、なんと、こちらの本殿は大正時代に建てられたものなのです。

ちなみに、それ以前は、本殿がなかったそうです。

古来より石上神社の拝殿の奥は「禁足地」になっていました。神聖な聖域に人が足を踏み入れるという行為が良しとはされなかったのが大きかったようです。

しかし、明治時代になり、宮司さんが意を決し発掘を試みると勾玉や剣や鉾遺物が発掘されました。

本殿が無かったというのもびっくりする話ですね。
発掘したら神剣が出てきたそうで、それを祀るために本殿・拝殿ができたそうです。

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↑これが石上神宮イチ押しのお守り。

記紀において「神武天皇が仮死状態という危機的状況になった際、御心霊によって救われた」という神話から起死回生・身体健康のご利益があるとされている御守りです。

ピンチをチャンスに変えたいという方は必須アイテムになりますね。

参道を挟んで反対側へ移動します。

石上神宮の摂社

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↑天神社と七座社

天神社には、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)・神皇産霊神(かみむすびのかみ)を祀っています。

また、七座社には、生産霊神(いくむすびのかみ・中央)・足産霊神(たるむすびのかみ・生産霊神の右)・魂留産霊神(たまつめむすびのかみ・生産霊神の左)・大宮能売神(おおみやのめのかみ・足産霊神の右)・御膳都神(みけつかみ・魂留産霊神の左)・辞代主神(ことしろぬしのかみ・右)・大直日神(おおなおびのかみ・左)を祀っています。

 

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出雲建雄神社拝殿

延喜式内社で、草薙剣の荒魂である 出雲建雄神(いずもたけおのかみ)を祀っています。

参考内山永久寺から移築された『出雲建雄神社拝殿』@石上神宮 (by 奈良に住んでみました)

俺の不手際で写真の手振れが強く素材として使えるものがなかったのでここは割愛。
貴重な国宝の建築物なのに…。悔しい~!
ということで、上記のリンク先を参照してください。綺麗な写真と詳しい解説があります。

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小さいながらも、その存在感たるや威風堂々。素晴らしいとしか言えません。

先ほどのお守りにも描かれてた七支刀(しちしとう) を筆頭に石上神宮から発掘されたものがたくさんあります。歴史的価値の高いものばかりだそうです。

ちなみにこの七支刀、『日本書紀』に神功皇后摂政52年に百済から献上されたとみえる「七枝刀(ななつさやのたち)」にあたると推測されているそうです。

参考ご由緒【宝物】|石上神宮[いそのかみじんぐう]公式サイト|奈良県天理市

↑詳しくはご参照ください。

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石上神宮は参道を挟んで本殿・拝殿と摂社が分かれて配置されています。
これは拝殿は建物を二つに分け、中心を通り抜けられるようになっている割拝殿という建築様式なのだそうです。実はこれ、国宝に指定されている建築で、他ではあまり見られない珍しい様式となっています。

確かに、今まで参拝した神社ではこういうかたちはなかったかも。

さすが日本屈指の最古設立神宮。全てにおいて段違いの格を見せつけてくれます。

奈良に来たからには石上神宮は押さえなければなりませんね。

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告知!

今回の「石上神宮」。旅行サイト「たびねす」さんにも記事をリライトして寄稿しています。
お時間があれば是非、こちらもご一読ください。よろしくお願いします!

 

石上神宮

所在地:奈良県天理市布留町384
電話:0743-62-0900
HP:http://www.isonokami.jp/

 

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普段は看護師をしております。好きなものは日本史。特に古代史・平安・戦国・幕末が大好物です。都市伝説・フリーメイソンの話も大好きです。 休日は寺社、城、史跡巡りを主にしております。