真田幸隆が建立!信繁の父・昌幸と祖父母が今も眠る長谷寺

長野県における「真田めぐり」も順調にすすみます。
2016年現在、放送中の大河ドラマ「真田丸」。主人公・真田信繁の活躍が楽しみで仕方ないです。
ですが、やはり若かりし頃の信繁の手本となるべき大きな存在が父・昌幸。

「真田丸」においては俳優の草刈正雄さんの知略を駆使した言動が際立つストーリー展開となっていますね。あの秀吉に「表裏比輿者」と言わしめるほどの知恵者です。徳川軍を2度も撃退する実力者。
信繁もそんな父の背中を見て育ったんでしょうね。

ということで、今回は真田昌幸のお墓へ向かいます。

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それがこちら。
「長谷寺(ちょうこくじ)」です。

長谷寺とは!?

天文10年(1541)に武田信虎・諏訪頼重・村上義清の連合軍によって小県[ちいさがた]の地から上州(現在の群馬県にあたる)へ追いやられた幸隆であったが、後年武田信玄の家臣となり旧領を取り戻した。その後、領内に古くからあった種月庵という小さな寺に、天文16年(1547)上州安中の長源寺より僧を招き一宇(一棟の建物のこと)を建立。「真田山種月院長谷寺」と号し、のちに武田勝頼にも仕えた三男・昌幸によって寺は整備され、真田氏の菩提寺となった。

引用元:長谷寺 /【川中島の戦い】史跡ガイド

信繁の祖父・幸隆が建立したお寺になります。そのため幸隆夫妻のお墓もあります。

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いざ、長谷寺へ

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庭内は美しく手入れされています。

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ちらちらと真田家の家紋・「六文銭」が見られますね。

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お寺の裏に目的地があります。

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こんなところにも六文銭。

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そしてこちらがお墓になります。

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苔好きにはたまらない綺麗な苔です。
右から真田昌幸公、真田幸隆公、幸隆公婦人の墓です。

ここまで読んでくださった、あなたにこっそり伝えたい事

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お参りもすみましたので、立ち去ろうとしたまさにその時……。
俺はとあるものから放たれる何かを感じたのです。
それは、この↑の写真のこれが放つ違和感。
わかりますか?

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穴の形が「ハート型」に見える。

はい。それだけです。期待させてしまってすみません。
個人的にひっかかってしまった事柄でした。
ただ、俺と同じような笑いのツボの方は是非訪れた際はチェックしてください。

あと、俺が訪れたこの時は無かったのですが、この数年で真田幸村の供養塔も建てられたそうです。
また訪れた際にはチェックしたいなと思います。

 

長谷寺

所在地:長野県上田市真田町長4646
電話:0268-72-2200(真田地域自治センター)
駐車場:あり
HP:http://www.chouk.or.jp/

 

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普段は看護師をしております。好きなものは日本史。特に古代史・平安・戦国・幕末が大好物です。都市伝説・フリーメイソンの話も大好きです。 休日は寺社、城、史跡巡りを主にしております。