北関東の要!戦国武将が奪い合い真田信之が治めた沼田城

沼田城へ行く気満々で沼田に乗り込んだものの、まさかの真田丸展に足止めをくらったmasayanです。
腹ごしらえも済ませまして、意気揚々と来ました。
沼田城!

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沼田城とは!?

群馬県沼田市倉内にあり、利根川と薄根川の合流点の北東、河岸段丘の台地上に位置する丘城。二つの川側は約70mほどの崖となっており、典型的な崖城でもある。
沼田は北関東の要衝であり、軍事上の重要拠点として上杉氏・後北条氏・武田氏といった諸勢力の争奪戦の的となった。本能寺の変後は真田信幸の支配城として、後北条氏と争った。
江戸時代に城主は真田家5代、天領、本多家3代、黒田氏(譜代大名)2代を経て、土岐氏12代目に明治維新を迎えている。真田氏時代には5層の天守や3層の櫓が建てられたが、時代とともに縮小し、本多氏時代には三の丸を改修して館を建てる程度の規模になった。
明治維新後、1916年に旧沼田藩士の家の久米民之助によって城地が購入され整備された。1926年には沼田町(沼田市)に寄付され、現在は沼田公園となっている。

引用元:Wikipedia「沼田城」

大河ドラマ「真田丸」においても、幾度となく「沼田城」という単語が出てきます。

↑の引用部分にもあるように、歴史的にみても上杉、北条、武田で、徳川で奪い合うような非常に大事な場所にあるお城だったのです。

真田幸村(信繁)の兄上である真田信之さんが治めたことでも有名ですね。

案内所へ

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先輩といざ公園内へ入ろうとすると無料ボランティアさんに案内されているグループを数多く見ました。
我々もせっかくですし案内してもらいましょうよ!と提案し案内所へ足を運びました。

しかし、訪れた日が日曜日。既にボランティアさん達は忙しくされており今日はもう出せないと言われてしまいました。
まぁ、平日に来るのが一番ですね。無念。

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↑真田丸出演者の方々も沼田を訪れていたようです。特に沼田は小松姫押しが凄い!小松姫役の吉田羊さんもいらしてます。源三郎さんのパネルに抱きつくお姿がいいですね。

いざ、沼田城へ

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神社も寺も城も大好きなmasayanですが、何より苔が好きなんです。
あぁ~美しいですね。苔。これだけで沼田城がいいところと思えてしまいます。

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本丸太鼓櫓

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真田信吉(信之の子)が鋳造した鐘です。

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当時の沼田城はこんな感じだったのでしょうか。

本丸西櫓台

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発掘調査によって発見されたそうです。

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近寄れないというのが残念。もっと近くで見てみたいですね。

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では少し裏側の方へまわります。

いざ、沼田城!続きの巻

沼田城はまだまだ見所満載なのです。

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↑捨曲輪跡

平八石

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沼田平八郎景義の首級を載せた石、平八郎は沼田城(蔵内城)を築いた沼田氏12顕泰側室の子で、摩利支天の再来とまでいわれた勇将。顕泰は城を嫡子朝憲に譲り、平八郎を連れて川場村天神城へ隠居したが、側室とその兄金子美濃守らにそそのかれて、永録12年(1569年)正月朝憲を呼びよせて謀殺。そのため顕泰、平八郎は沼田勢に追われ会津へ逃げた。平八郎は12年の沼田城奪還の兵を挙げて沼田に迫った。 真田昌幸は戦っては平八郎に勝てないと知り城中に居た金子美濃守をだました。貧慾な美濃守は己が栄進したいため平八郎に会い武装を解き、こっそり城内に入れて「お前が必ず城主になれるようにしてやる。」倫り城内へ誘い入れて殺害した。風雲児の最後また哀れだった。時に天正9年(1531年)3月14日(一説は15日)平八郎の首級は昌幸が実検の後、この石の上に置いた。亡骸は町田町の小沢城址に葬り、沼田大明神として祀ったが首級は此処から亡骸を埋めたところまで飛んで行ったという。

引用元:元公園の説明文

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まさかこの石の上に置いた首が飛んでいくとは…。
平将門もびっくりの話ですね。

沼田城からは美しい景色が見えます。

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そしてカマキリと遭遇!
なんか思わず写真撮っちゃいますね。

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現在は広々とした公園です。

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美しさ、静けさ。まさに平和を感じさせます。

天狗堂

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天狗面の由来
このお堂にある天狗面は、昭和34年11月に迦葉山の大天狗面の分身として沼田市観光協会が製作した、顔の長さ3メートル、顔の幅2メートル、鼻の高さ1.4メートル、重さ1トンで木彫りの天狗面としては日本一の大きさを誇る(彫刻者:吉沢俊三郎氏)。同年、市内の祭りに初めて天狗踊りの行列が登場し、全国でも稀な行事として賑わいを見せた。
天狗面は迦葉山弥勒寺の鎮守である中峰尊者の化身だといわれる。
弥勒寺は嘉祥元年(848年)に創建され、康正2年(1456年)に点巽慶順禅師によって曹洞宗に改修した。禅師が大盛禅師に住職の座を譲ると、「我迦葉佛の化身にて己に権化化行は終わった。よって今後は永くこの山に霊し末世の衆生を抜苦与楽せん」と誓願して案山峰から昇天し、後に天狗の面が残されたといわれる。それを中峯尊と称して祭り進行を集めている。
現在、弥勒寺には地元商工会の有志が奉納した顔の長さ6.5メートル、鼻の長さ2.8メートルの日本一の大天狗面が安置されている。

引用元:案内板より

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天狗堂より覗いてみます。…確かにでかい!

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そして歩を進めると、遭遇したのがこの猫さん。

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近寄っても逃げない兵。にゃんとも可愛い!

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石段にも苔。美しい。

刀根英霊殿

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どうやら現在の利根英霊殿奥にかつては沼田城の天守があったそうです。

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そして、この後はようやく「主役」の登場となります。

真田信之と小松姫の像

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天守閣の残らぬ沼田城。ここで観光客が何を写真に撮るのか…。
このお二人の像しかないですね。こちらが主役と言っても過言ではありません。

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お二人の足元には六文銭をイメージさせる硬貨が並べられていますね。

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↑このように大人気です。かくいう我々も少し待ちました。

現在も発掘作業が進んでいます

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今も敷地内に重機がありました。現在、恐ろしく人気うなぎ上りの沼田城。
復元とかしてくれたら嬉しいなぁ~なんて。

おわりに

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大河ドラマ「真田丸」でも一部描かれたエピソード。

昌幸と信繁は自分たちの居城である上田城へ向かいます。家康の追っ手を避けるため、進軍しやすい中山道を通らずに山中を走り抜けました。

途中、沼田城で休憩をとろうとしました。でも沼田城に入れてもらえません。

昌幸が敵になったことを知らせる連絡が信幸から届いていたともいいます。

親子三人が一緒に行動しているはずの真田の部隊に信幸がいないことを不審に 思った小松姫の判断だったともいいます。いずれにしても、城主の許可のない兵を勝手には入れない、というのは戦国の世を生き抜く知恵だったでしょう。

怒った昌幸の家臣が門を激しく叩くと、鎧を着た小松姫が壁際に姿を見せていいました。
「父上とはいえ、今は敵。入ろうとするなら討ち取るまで」と言われます。
それに対して、昌幸は「乱暴なまねをする気はない。孫の顔が見たかったのだ」と言います。小松姫は使者を送って正覚寺に案内させました。

その日の晩。昌幸達が正覚寺に移動して休憩ととっていると、兵に守られた小松姫が孫を連れてやってきます。孫との面会を果たした昌幸には城内へ入る理由はなくなりました。

翌朝。信繁は小松姫の対応に腹を立てて「沼田の町に火を放ちましょう」と父に言います。(いくら城に入れてもらえないからと言ってそれはひどい)。
それに対し昌幸は「さすがは本多忠勝の娘だ。あの嫁がいれば真田は安泰だ」と言って上田へと向かいました。

関ヶ原の戦いのあと、その話を聞いた徳川家康も「さすがは忠勝の娘だ」といって感心したといいます。

引用元:小松姫(稲姫)・真田家を守った才女の鬼嫁伝説

↑すごくわかりやすくまとめてくださっていたので引用させていただきました。

昌幸パパ達を沼田城に入れさせないところまでは「真田丸」でも描かれていましたが、そのあとのことは描かれませんでしたね。

城に入るための口実か、本当にそうだったのかもしれませんが「最後に孫に会いたい」という昌幸のために、その後正覚寺で孫と会わせるという機転。小松姫さすがです。なんならここまで「真田丸」でやってくれるもんだと思ってましたよ三谷監督!ちと残念でした。

今回、沼田に行ってびっくりしたのが小松姫押しが凄いというところ。所狭しと小松姫があちこちにアピールされています。小松姫ファンは是非、沼田へ行ってみましょう!

沼田城址/沼田公園

所在地:群馬県沼田市西倉内町594
駐車場:あり

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 次回予告
  1. 【心が燃え尽きた看護師が自分探しの旅の果てに見つけた答え】

  2. …のような記事を予定しております。現在、順調に執筆中!お見逃しなく!!

   
 
 

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ABOUTこのブログをかいてる人

普段は看護師をしております。好きなものは日本史。特に古代史・平安・戦国・幕末が大好物です。都市伝説・フリーメイソンの話も大好きです。 休日は寺社、城、史跡巡りを主にしております。