真田丸でも大活躍!小松姫のお墓がある正覚寺

沼田城もたっぷり楽しみ、さて立ち去ろうとするとあることに気が付きました。
そういえば…小松姫のお墓もあったとか聞いた記憶がある。

最初に寄った案内所で地図を見るとやはり近くにある。せっかくだから立ち寄ってみようということになりました。
【正覚寺】は沼田城の近くにありました。

正覚寺とは!?

正覚寺の創建は不詳ですが当初は現在の榛名町(旧根岸村)付近にあったとされ永禄3年(1560)に沼田万鬼斎顕泰(当時の沼田城の城主)によって現在地に移されました。天正17年(1589)には真田家の重臣で名胡桃城代鈴木主水が北条家の侵攻により城を奪われた事を恥じ正覚寺の境内で自刃し当寺に葬られています。慶長17年(1612)、初代沼田藩主真田信幸の正室である小松姫(大蓮院:本多忠勝の娘で徳川家康の養女)から改めて現在地が境内として認められ、以後、沼田藩からの庇護の対象となりました。元和6年(1620)、小松姫が江戸で病気となり療養する為、草津温泉に行く途中、武蔵国鴻巣で息を引き取りその地で火葬、勝願寺(埼玉県鴻巣市)に埋葬され、その後、勝願寺と正覚寺(当寺)、芳泉寺(長野県上田市)(霊廟は信之が松代藩に移封の際、松代の大英寺に移築された。)に分骨されました。

引用元:正覚寺(沼田市)

さて、ここまで来ておいて「小松姫」って誰ってこともありますのでこちらもふれておきましょう。

小松姫とは!?

小松姫(こまつひめ、天正元年(1573年) – 元和6年2月24日(1620年3月27日))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての女性。上田藩および松代藩の初代藩主・真田信之(信幸)の正室。徳川氏譜代家臣の本多忠勝の娘。幼名は於子亥(おねい)。小松殿(こまつどの)、稲姫(いなひめ)とも称される。徳川家康または徳川秀忠の養女として真田信之に嫁ぎ、信政、信重、まん(高力忠房室)、まさ(佐久間勝宗室)らを生んだ。

引用元:Wikipedia「小松姫」

大河ドラマ「真田丸」においては女優の吉田羊さんが演じておられてました。

↑にもあるように小松姫の父は徳川家康の家臣・本多忠勝です。家康は小松姫を養女として天正17年(1589年)に真田信之に嫁がせました。こうすることで徳川と真田の繋がりを強くしたわけです。

いざ、正覚寺へ

DSC_2474 DSC_2475 DSC_2477 DSC_2478

ブラタモリならぬ「ブラヤモリ」。
小松姫ゆかりの地アピールがすごいですね。

DSC_2479 DSC_2481

矢印に従って進みます。

大蓮院殿の墓

DSC_2485

真田家の長男・信之の妻として真田家のために尽くした小松姫は病気を患います。元和六年(1620年)、草津温泉での湯治のため江戸から草津へ向かう途中の埼玉県鴻巣市で亡くなります。享年48歳。

法名は大蓮院殿英誉皓月大禅定尼。鴻巣市の勝願寺と、沼田市にある正覚寺、上田市にある芳泉寺の三か所に分骨されています。

真田信之が妻の死を知らされた際、「我が家の灯火が消えたり」と嘆いたと言われています。

DSC_2486 DSC_2489

こちらが小松姫のお墓です。今も慕われる小松姫。地元人気はすさまじいです。
おそらく当時からも多くの人々から慕われていたのでしょう。

小松姫の逸話

DSC_2490

石田三成と徳川家康が対立。「関ケ原の戦」開戦前となったとき、真田家は豊臣と徳川のどちらに属するかで家族会議を行います。俗にいう「犬伏の別れ」です。

結果、父・昌幸と次男・信繁は豊臣側へ。長男・信之は徳川へ。真田家は二つに分かれます。これはどちらが勝っても真田家を残すための選択でした。

長男・信之の妻である小松姫は徳川家重臣の本多忠勝のため徳川につくしかなかったという話もあります。

家族会議の後、父・昌幸と次男・信繁は今生の別れになるからと、上田城へ戻る際、沼田城に寄って孫(真田信之の子)の顔を見ようと立ち寄ります。

入城しようとすると城を守る小松殿は自ら武装して出迎えて「例え義父であっても今は敵味方の間柄。主人の留守を預かる者として城の中には入れられませぬ」と沼田城への入城を拒否したという逸話があります。

真田昌幸は、うまくいけば沼田城も占拠してしまおうと考えていたとも言われていますが、もちろん本当に孫の顔が見たかっただけかもしれません

ちなみに、入場させてもらえなかった昌幸さんですが、「さすがは本多忠勝の娘だ。武士の妻女たる者、ああでなければならん」とすごく小松姫を褒めていたそうです。

このシーンは大河ドラマ「真田丸」でも描かれています。ですが、ドラマはここまで。個人的にはこの後まで描かれるもんかと思っていました。

沼田城に入るのを諦めた昌幸さんたちは沼田城の近くにあるここ、「正覚寺」に宿泊します。翌日、正覚寺に小松姫が子供を連れて訪ねると、護衛という名目で連れてきた兵たちに周囲を見張らせて、祖父と孫の最後の対面を果たしたと言われています。

ここまでやってただの恐い鬼嫁の小松姫ではなく、しっかりと頭のいい上に配慮もあるできた女という評価もできるのになぁと個人的には思います。三谷監督お願いしますよ!

DSC_2491

さらに、ちなみにで言うと沼田城への入城を拒否されたことを次男・信繁はそうとう怒っていたそうです。
しまいにゃ、「父上、沼田の町に火をかけましょう」と提案したそうです。

もちろん父・昌幸さんに却下されたそうですが(笑)

「いや~、それはないでしょう」となだめたいところですがそれだけ怒ってたんですね。ちなみに、大河ドラマ「真田丸」ではこのシーンも描かれておりません。主役の大人げないシーンは好感度ダウンが免れないですしね。個人的にもここに関しては触れない方が正解かな?とも思います。

DSC_2493

とても綺麗な眺め。小松姫もここから沼田の町を見守ってくださっているのかな。
真田ファンなら一度は行ってみたいゆかりの地です。

正覚寺

所在地:群馬県沼田市鍛冶町938
駐車場:あり

合わせてチェック!
 
 

\この記事が面白かったらシェア/

 次回予告
  1. 【東大寺、奈良の大仏を建立した聖武天皇が眠る聖武天皇陵へ】

  2. …のような記事を予定しております。現在、順調に執筆中!お見逃しなく!!

   
 

Masayan
当ブログを運営しておりますMasayanは、旅行サイト「たびねす」へも記事を寄稿しております。 お時間がある方・興味がある方は是非、こちらの記事も合わせてご覧ください。

コメントを残す

CAPTCHA


スパムコメント対策中 - H Speed WP
 

ABOUTこのブログをかいてる人

普段は看護師をしております。好きなものは日本史。特に古代史・平安・戦国・幕末が大好物です。都市伝説・フリーメイソンの話も大好きです。 休日は寺社、城、史跡巡りを主にしております。