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なんと素敵な平城京跡!現代に蘇った美しくも巨大な大極殿と朱雀門

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当ブログでは奈良県についての記事が多く、それに伴いアクセス数も奈良の記事が多いです。

記事数としては京都に関する記事も多いのですが、奈良の記事がぶっちぎりに多いです。

個人的にも奈良がすごく好きですし、実際住んでしまったのでね。

奈良愛はすごく持ってるつもりです。

そんな私が高校の修学旅行以来に奈良へ訪れたときの話をこれからまとめます。

これは2013年12月の話なのでだいぶ古く、鮮度も落ちていますが、まぁ気にせず読んでいただけると幸いです。

当時は京都に住んでいたのですが、京都の病院との契約も切れるため次は大阪か神戸の方で仕事場を探そうかなと画策している頃でした。

「そうだ、せっかく京都の金閣寺も見たわけだし、奈良方面も見てみよう。」そう思ったのでした。

そして、当時の記憶を思い出し、足を運んだのがこちら。

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平城京跡」でした。

ちなみにですが、みなさんは平城京ってどう覚えてます?

私の中学校ではなぜか「納豆(710年)ネバネバ平城京」でした。

あなたの地域での語呂合わせは違いました?なんて。

でわ、参りましょう。

平城京とは!?

藤原京から平城京への遷都は文武天皇在世中の707年(慶雲4年)に審議が始まり、708年(和銅元年)には元明天皇により遷都の詔が出された。しかし、710年(和銅3年)3月10日 (旧暦)に遷都された時には、内裏と大極殿、その他の官舎が整備された程度と考えられており、寺院や邸宅は、山城国の長岡京に遷都するまでの間に、段階的に造営されていったと考えられている。740年(天平12年)、恭仁京や難波京への遷都によって平城京は一時的に放棄されるが、745年(天平17年)には、再び平城京に遷都され、その後784年(延暦3年)、長岡京に遷都されるまで政治の中心地であった。山城国に遷都したのちは南都(なんと)とも呼ばれた。

引用元:Wikipedia「平城京」

語呂合わせ効果も手伝って平城京って言葉はよく覚えていても実際は74年間あった都なんですねぇ。

ちなみに唐の長安京の都城制を参考に造られ、南北約 4.8km,東西約 4.3km の面積だったそうです。

全域 72坊に区画設定。中央北域に大内裏をおき、大内裏から南に走る朱雀大路によって東側は左京、西側は右京に分けられたものだったそうです。

現在は跡地にいくつかの再現されているものがあるとは聞いていたので、当時は何も調べんと直行してしまいました。

駐車場に車を置き、さっそく向かいます。まずは、こちら。

朱雀門

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平安宮朱雀門が二重門であることなどから二重門と設定されたそうです。

基本的な構造は法隆寺をお手本にされているそうです。
 

 
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朱雀門は奈良時代前期の建築であることから、様式は同年代の薬師寺東塔を参考にされているそうです。

そして、朱雀門の規模が大きいために、各部材の大きさや比例関係などは、より近い条件を持つ東大寺転害門も参考にされこのような立派な朱雀門が再現されています。

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こちらは裏側からの写真です。正面からも裏から見てもすごくかっこいいです。

というか超巨大です。当時の朱雀門もこんなに大きかったんですかねぇ。ド迫力です。

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そして次は第一次大極殿へ…。↑の写真でわかります?めちゃめちゃ遠くに建造物が見えます。

え、あんなに遠いの?これは広い。広すぎるぜ平城京…。

第一次大極殿

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これまた立派な再現です。

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大極殿院は天皇の即位や国家儀式、あるいは外国使節の歓迎の儀式が行われたとされる施設です。

立派じゃなきゃだめだったんでしょうね。きっと。

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こちらにかつては天皇さまがいらっしゃったんですかね。

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こちら、平城遷都1300年記念事業奈良建都1300年に当たる2010年に合わせ、第一次大極殿が実物大で復元されました。

修学旅行のときはこういうのは見なかったなぁと思ったのですが、むしろ最近の出来事だったんだなぁ。

少し遅れたけどいいタイミングで来れました。

この他見所として遺構展示館、東院庭園、情報館、資料館とあるのですが…。

まさかね、こんなに規模が大きくて、広くて、移動に時間がかかるなんて予想もしておりませんでした。

次が控えていたのでこの日はここでやむなく終了。

続きは次回また訪れて記事にしようと決意し戦略的撤退を決断致しました。

おわりに

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移動に車、いや、自転車があったら違ったなぁ。なんて汗を流しながら思いました。

この時は思わなかったのですが、後日妻に言われてはっとしたことがあります。

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奈良は空が広いねん


 
今ならその意味がよくわかります。空を遮る邪魔なものがない。ただ、それだけでこんなに空って広いんだ。

今こうして写真を見るだけでもわかることですね。

空は広い。そんな子供でもわかることが体感できないこの世の中。

奈良の平城京跡の広さを持ってすれば簡単に味わうことができますよ。

 
 

 

平城京跡

所在地:奈良市佐紀町247-1
駐車場:あり
HP:http://heijo-kyo.com/

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奈良
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