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御着城とは戦国時代の天才軍師・黒田官兵衛が仕えた小寺政職の城

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小寺大明神より移動して到着。

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こちらが御着城・二の丸跡になります。

御着城とは!?

↑よろしければこちらもご参照ください。

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↑黒田官兵衛孝高顕彰碑。

御着城・二の丸跡の一番の見所は黒田家廟所

矢印に従い進むと見えてくるのがこちら。黒田家廟所です。

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大変に雰囲気があります。

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ここの墓所には、黒田孝高(よしたか)(官兵衛のちの如水)の祖父・重隆(しげたか)と生母(明石氏)の2人がまつってあります。 黒田家は御着城主小寺家の家老となり、重隆の時から姫路城を守って姫路城主となりました。姫路城主は子の職隆(もとたか)、孫の孝高とつぎましたが、1580(天正8)年秀吉の播磨平定の時、孝高は姫路城を秀吉に譲り、父職隆と自分は国府山城(妻鹿)に移りました。職隆の墓所は妻鹿にあります。のちに黒田家は筑前福岡の城主となったので、どちらの墓所も地元では「チクゼンサン」と呼んでいます。 ここの墓所は、1802(享和2)年に資材を九州から運んできて造られました。廟屋を持つ立派なもので、周りの龍山石の石塀から内部は、昭和56年に姫路市の指定史跡となっています。

現地案内板より

こちらに祀られているのが黒田官兵衛のおじいさんとお母さんなのです。

父上と奥様と一緒に祀ってあげてもよさそうですけどね。

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とても綺麗に祀られています。

では御着城跡のもう一つの目玉を見に行くとしましょう。

続いて北側へ移動。

そこにあるのがこちら。

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天河橋です。

天川橋とは!?

姫路藩が文政一一年(一八二八)にこの地より南西二○○メートルの旧西国街道の天川に架橋した総竜山石製の太鼓橋。全長二六・六メートル、幅四・四五メートルで、高さは約五メートルで橋脚五本。印南郡石工瀬助・仲右衛門の作。姫路藩儒者近藤顧一郎撰の銘文が刻まれてある。橋の東北詰めには高札場があった。昭和四七年九月九日の出水で中央部橋脚が崩れ橋桁が落下したため撤去し、昭和五三年一○月現在地に移設保存した。高さは地形に合わせて低くしてある。地形中央部の低いところは御着城の濠跡。

現地案内板より

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こういうの作るのも本当に一苦労だったと思います。

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かつて外堀だった天川に架かっていた天川橋。

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かつての御着城はどのようなものだったのかなぁと思いをはせることしかできないのが残念です。

御着城跡。現在の姿は…

何事もなかったかのように公園となっています。

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そして、公民館がお城風?な形で存在しています。

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普通の公民館よりかっこいい!

いいなぁ~こういうの。

おわりに

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御着城跡、小寺大明神と合わせてチェックしたいものです。

黒田官兵衛ゆかりの地。御着。

官兵衛ファンなら一度は訪れたいところです。

 

 

御着城跡

所在地:姫路市御国野町御着1142-8
駐車場:あり

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