新田義貞公の首塚と平家物語の悲話に包まれる滝口寺を歩く

こんばんわ。masayan@masayan382)です。
続きで向かったのが祇王寺のすぐ近くにあるこちら。

滝口寺】です。歩いてすぐなのでせっかく祇王寺までいらしたのならここも立ち寄ることをおすすめします。
でわ、参りましょう。

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滝口寺とは!?

元々は法然の弟子・良鎮が創建した往生院の子院三宝寺跡を引き継いで今日に至る。明治時代の廃仏毀釈により一時廃寺となるが、昭和の初期に再興された。『平家物語』の斎藤時頼(滝口入道)と建礼門院の侍女横笛の悲恋の寺として知られている。また、新田義貞の首塚もある。

引用元:Wikipedia「滝口寺」

「平家物語」の平重盛の家来、斎藤時頼と建礼門院の侍女横笛との悲恋の物語ゆかりの地として有名です。

いざ、滝口寺へ

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現在、滝口寺となっているこの場所は、往生院の子院であった三宝寺の旧跡です。

 

祇王寺同様に、風情があります。

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平重盛に仕え、宮中の滝口の侍になった斎藤時頼は、清盛主催の花見の席で建礼門院徳子の侍女の横笛に恋をしました。時頼は彼女に文を送りますが父に反対され、出家してしまいます。そして、「滝口」と名を改めます。それを知ってた横笛が訪れますが会おうとはせず、高野山に入り修行の道へ。横笛もその後すぐ出家し法華寺で尼になりました。時頼は修行一筋の人生を送り高野の聖と呼ばれるようになったそうです。

本堂に悲恋の2人の木像があります。

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平重盛を祀る小松堂

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↑平家一門供養塔

滝口入道は平家が滅びる前に出家し、平家滅亡後は仕えていた平重盛の子どもの平維盛を高野山で出家させます。維盛はその後、熊野で入水をしました。供養塔は維盛をはじめとする平家一門と滝口入道の慰霊のために建てられたものです。

そして、新田義貞の首塚と妻・勾当内侍の供養塔

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↑新田義貞公のすぐ近くにある妻・勾当内侍の供養塔

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まさか、こんなところで新田義貞さんの首塚をお目にかかれるとは思ってませんでした。
新田義貞は南北朝時代の武士で後醍醐天皇に仕え、足利尊氏と対決。足利尊氏に敗れて討ち死にした武将です。南朝の総大将として忠節を尽くした偉大な人物。彼がいないと鎌倉幕府を倒すことはできなかったかもしれません。

新田貞義公の話は鎌倉巡りの記事を書いたときにまた詳しくしようかと思います。

おわりに

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滝口入道も新田貞義さんも悲運に包まれた人物たちです。その悲運を打ち消すかのように、静かに供養されるにはもってこいの場所なのかもしれません。

滝口寺

所在地:京都府京都市右京区嵯峨亀山町10-4
電話:075-871-3929

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普段は看護師をしております。好きなものは日本史。特に古代史・平安・戦国・幕末が大好物です。都市伝説・フリーメイソンの話も大好きです。 休日は寺社、城、史跡巡りを主にしております。