前回の続きと参りましょう。
前回は京都にある元伊勢外宮を参拝しました。
現在の三重県にある伊勢神宮へと繋がる「元伊勢シリーズ」です。
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外宮の次は…やっぱり内宮ですよね?
今回は京都の【元伊勢内宮・皇大神社(こうたいじんじゃ)】です。
実は現在の伊勢神宮内宮にも負けないくらいのとても神聖さ漂う美しい神社でした。
では、さっそく参りましょう!
皇大神社(こうたいじんじゃ)とは!?
『倭姫命世記』に、崇神天皇39年、天照太神を奉じた豊鋤入姫命が鎮座地を求めて但波(丹波)国へ遷幸し、吉佐宮を築いて4年間奉斎したと記すが、社伝によれば、当神社はその旧跡であり、天照大神が吉佐宮から遷座した後もその神徳を慕った人々が引き続き伊勢神宮内宮の元の宮として崇敬してきたといい、元明天皇朝(707 – 15年)に社殿を建立したという。また、それとは別に、用明天皇の皇子麻呂子親王が当地の兇賊を成敗するに際して勧請したものであるとの異伝もある(宝暦11年(1761年)の『丹後州宮津府志』 所引『天橋記』)。
天照大神を祀るため各地を点々とされた豊鋤入姫命が一時こちらとどまったという歴史ある神社です。
もちろん、この長き旅の果てに現在の三重県の伊勢神宮に行きつくわけです。
まさに「元・伊勢神宮」ともいえる場所ですね。
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↑三重県のはこちら。よろしければこちらも御覧ください。
いざ、参道へ
この日は恐ろしいほどの霧がかっていまして、正直京都から出向いたときにもう今日は行けないくらいかもって思ったほどでした。
鳥居をくぐり、参道を登っていきます。
麻呂子親王御手植杉(癌封じの樹)
参道の途中、ど真ん中にあるのがこちら。
大江の鬼退治に向かった麻呂子親王が自ら植えた杉と伝わる大木です。
この参道にあるご神木は「癌封じの樹」とも呼ばれており、触れると病気を吸い取ってくれると伝わります。
とても力強く、まっすぐ高く立っています。確かにご利益もありそうです。
↑こちらが「真名井の池」になります。
御門神社
参道から少しそれて先に立ち寄ります。
元伊勢の厄神さんは、天岩戸で天照大神をお護りしたトヨイハマドの神で、わが国の厄除神の本宗です。八方除の神。御社殿は、天地根元造、竹の御柱という古式造です。節分に厄除祭を行い、三鬼打、カワラケ割り神事などを行います。
金のなる石は、石で打つと金の音が鳴る奇石【くわいし】です。引用元:境内掲示板
御祭神は奇岩窓神(くしいわまどのかみ)、豊岩窓神(とよいわまどのかみ)です。
カネのなる石
↑これ、たしかに「キーン」と金属のような音がしました。
気になる方は是非試してみてください。
長い参道を進み、ようやく拝殿が見えてきました。
灯篭に石段。そして美しい鳥居。
既に放たれている雰囲気そのものが神聖さを伝えています。
いざ、皇大神社へ
雰囲気がある石塔と鳥居が見えます。
ご祭神は天照大神です。
人皇第十代崇神天皇三十九年(紀元前五十九年)に「別に大宮地を求めて鎮め奉れ」との皇大神の御教えに従い、永遠にお祀りする聖地を求め、皇女豊鍬入姫命御杖代となり給い、それまで奉斎されていた倭の笠縫邑を出御されたのが、いま(平成二年)を去る二千四十九年の遙かな昔であった。
そして、まず最初にはるばると丹波(のちに分国、当地方は丹後となる)へ御遷幸になり、その由緒により当社が創建されたと伝えられている。
皇大神は四年ののち倭へおかえりになり、諸所(二十余か所)を経て、五十四年後の人皇第十一代垂仁天皇二十六年に、伊勢の五十鈴川上(いまの伊勢神宮)に永遠に御鎮座になった。
しかし、天照皇大神の御神徳を仰ぎ慕う崇敬者は、ひき続いて当社は伊勢神宮の元宮として「元伊勢(内宮)さん」などと呼び親しみ、いまに至るも庶民の篤い信仰が続いている。境内掲示板より
とのこと。約2000年前にこちらに奉斎されていたということです。
外宮同様にこちらも木の鳥居です。
この鳥居、シンプルですが威厳を感じます。渋い!
↑拝殿。とてもオープンな感じですね。
神木(龍燈の杉)
皇大神社の神木・龍燈の杉です。
樹齢1500年を超える古木とされ、「節分の深夜に龍神が燈火を献ずる」と言い伝えられているそうです。
あぁ、ご神木にも生えるなんて…なんて美しく神聖な苔なんだ!たまらん。
こちらも外宮同様に本殿を囲むように摂社が並びます。
ところ狭しと摂社末社が並びます。
これは数がとても多いのでこの光景を目の当たりにすると圧倒されてしまいます!
ぐるっと回って逆サイドへ。
伊勢神宮や出雲大社などこれでもかってくらいのTOPクラスに由緒正しき神社を巡った時と同じような心地よさを感じました。
それらの神社との違いは参拝客の少なさ。
個人的には神社は静かに見てまわりたいので、世界遺産クラスの人の多さはなかなか好きになれないmasayanです。
でもこちらの皇大神社は世界遺産クラスの凄さを持ちながら謙虚に鎮座されているところが非常に私好みでした。
拝殿・本殿を取り巻く境内の周囲には、多くの境内社が祀られている。
まず拝殿左手前、少し低い場所に横向きの熊野神社。
右手前には、變若水の榎と三女神社。拝殿の右手には、天手力雄神社。
左手には、龍灯の杉と栲機千千姫神社。確認できた境内社は、
梅宮神社、浅間神社、大年神社、加茂神社、倭文神社、
砥鹿神社、住吉神社、二荒山神社、出石神社、高瀬神社、
春日神社、洲崎神社、愛宕神社、敢国神社、寒川神社、
氷川神社、高良神社、宇倍神社、水無神社、玉前神社、
新良神社、枚岡神社、杵築神社、吉備津神社、白山神社、
箱崎神社、気多神社、南宮神社、香取神社、伊射波神社、
倉稲魂神社、若狭彦神社、大鳥神社、風之宮神社、伊雑神社、
月読神社、荒祭神社、伊佐奈伎神社、伊佐奈美神社、瀧原神社、
日前神社、天御柱神社、国御柱神社、大原神社、石上神社、
貴船神社、宇佐神社、物部神社、興玉神社、気比神社、
大神神社、鏡作神社、日吉神社、都佐神社、大国魂神社、
廣瀬神社、龍田神社、中山神社、由良姫神社、鹿嶋神社、
三島神社、田村神社、厳島神社、大山祇神社、玉祖神社、
八坂神社、與止日女神社、鹿児島神社、少童神社、三上神社、
出雲神社、浦嶋神社、玉依姫神社、籠守神社、松尾神社、
三日月神社、曲玉神社、斎宮神社。参道の燈籠・秋葉神社と御門神社を含めると合計八十四社。
引用元:皇大神社/玄松子の記憶
もう、メモもとれないくらいの量だったので引用させていただきました。
これは元伊勢外宮以上の凄さです。
ここ、改めて、皇大神社に参拝すればほとんどの神様にも参拝できますよってことですね。
あれだけ、霧でガスってたのに気が付けば太陽の光が綺麗に照らしてくれていました。
ちくしょう。なんてにくい演出なんだ。好きになっちゃうじゃないか。
まだまだ見所はたくさんあります。
国歌とさざれ石
国歌の歌詞が石に刻まれています。それもそのはず…。
こちらが国歌に歌われる神石「さざれ石」です。
岩長姫命社
岩長姫命社がありました。
個人的にはけっこう岩長姫好きなんでこの特別感好きでした。
合わせて読みたい 貴船神社中宮結社は和泉式部も祈願した平安時代から続く良縁祈願の社
↑岩長姫に関してはこちらで詳しく触れています。お時間あれば是非合わせて御覧ください。
天龍八岐龍神社
池のすぐ近くに社がありました。
ぐるっと一周終えました
さぁ、無事に一周終わりました。もうだいぶ満腹です。
すごいところだったなぁ。…なんて言って帰路につくわけには行きません。
元伊勢三社巡りはまだラスト一社が残っております。
「天の岩戸参道」
そうです。これからあの天岩戸神社を目指します!
合わせて読みたい 天岩戸神社は断崖絶壁に鎮座し、鎖を伝って参拝する元伊勢三社の一つ
元伊勢・皇大神社
所在地:京都府福知山市大江町内宮217
駐車場:あり
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