続いて向かったのがこちら。
「吉水神社」です。
こちらは御祭神に後醍醐天皇、そして南北朝で有名な楠木正成、源義経や豊臣秀吉ゆかりの地でもあるのです。
まさに歴史秘話たっぷり!!これは歴史好きにはたまらない場所です。
奈良県の吉野山へ行かれる際には是非、お立ち寄りいただきたいスポットです。
では参りましょう。
吉水神社とは!?
社伝では、白鳳年間に役行者により建立されたと伝えられる。南北朝時代、後醍醐天皇が吉野に潜幸したとき、宗信法印の援護を受けて吉水院に行宮を設け、一時居所とした。後醍醐天皇の崩御の後、後村上天皇が後醍醐天皇の像を作って吉水院に奉安した。
明治時代に入ると神仏分離の観点から天皇を仏式で供養することが問題視され、明治4年(1871年)5月に五条県が吉水院を神社に改めて吉野神社とする案を太政官政府に提出したが、政府は後醍醐天皇をまつる神社を別に作ることを望み、許さなかった。しかしいよいよ金峯山寺の廃止が迫る情勢となったことから、奈良県が神社への改組を働きかけ、明治6年(1874年)12月17日に後醍醐天皇社の名で神社になることが太政官に承認された。明治8年(1875年)2月25日に吉水神社に改称し、やがて村社に列した。
後醍醐天皇のほか、源義経や豊臣秀吉ゆかりの地でもあり、多くの文化財が所蔵されている。本殿は旧吉水院護摩堂である。隣接する書院には、後醍醐天皇の玉間と源義経が潜居したと伝えられる間があり、重要文化財に指定されている。引用元:Wikipedia「吉水神社」
とのことです。でわ、事前勉強も済んだところで出陣。
いざ、吉水神社へ
味のある入り口。趣があります。
美しい庭園の中に吸い込まれていきます。
末社、恵比寿神社。
池もすごく美しいです。
緑がすごく活かされているような造りです。緑がまぶしい。
こちらがかの有名な【弁慶力釘】です
岩の表面に二本釘がささっています。
「源義経」が吉水院(今の吉水神社書院)の僧坊にかくまって貰っていることを知った兄の「源頼朝」の追手は、建物の外から大声でわめいた。
「ここに義経が隠れているであろう、出てまいれ!」と。
それを聞いた「弁慶」は顔を真っ赤にして、そばにあった釘を2本抜き、庭に飛び出すと、
「やあやあ われこそは弁慶なり!」「力自慢をいたそうぞ!」
と大音響で叫んだ!そして、追手のど真ん中にあった岩に全身全霊の力をふりしぼって、親指で釘二本をぶち込んだ!
火事場の馬鹿力の「弁慶」の形相と怪力を見て追手は雲の子を散らすように逃げて行ったと伝えられています。
写真では小銭が邪魔ですがよくよくみると釘がちゃんと刺さっているんです。
これを本当に素手でぶちこんだとしたら…ほんとうにすごい事です。
吉水神社・拝殿へ
↑写真右側に「勝手神社」という文字も見え隠れしますが、勝手神社に関しては次回の記事で。
今回はスルーします。
後醍醐天皇、楠木正成、吉水院宗信法印を祀っております。
歴史の教科書に名前を連ねる方々を祀る神社。
中学のときに教科書で南北朝時代など勉強もしましたがその舞台に大人になってから訪れる日が来るとは。
昔は大人になりたくないなんて思ってましたが、大人になってみるもんですね。
魅力たっぷりの吉水神社のみどころはまだまだあります。次は奥の院へ参ります。
吉水神社
所在地:〒639-3115 奈良県吉野郡吉野町吉野山579
電話:0746-32-3024
駐車場:専用駐車場あり
HP:http://www.yoshimizu-shrine.com/
コメント