関ヶ原の戦いにおいて決死の脱出をした島津義弘の陣跡

続いて向かったのが「島津 義弘陣跡」。

「島津 義弘」と言えば「鬼島津」という異名を持つ戦国屈指の猛将としても有名です。
そんな島津の陣跡を目指します。

島津 義弘とは!?

島津 義弘(しまづ よしひろ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての薩摩国の武将、大名。戦国大名の島津義久の弟で、島津氏の第17代当主(後述)。島津氏18代当主・島津忠恒(のち家久に改名)の父。後に剃髪して惟新斎[2](いしんさい)と号しため、惟新公との敬称でも呼ばれた。武勇の誉れ高く、「鬼島津」の異名で知られ、戦国(安土桃山)時代でも屈指の猛将として当時から有名であった。

引用元:Wikipedia「島津義弘」

ちょっとざっくりすぎてあまり人物像が浮かばないですかね。

検索してみたらいい感じに「まとめ」があったのでよろしければこちらもご参照ください。

LINK http://matome.naver.jp/odai/2134475174588850301

↑少しイメージがしやすいかもしれません。

いざ、島津義弘陣跡へ

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陣跡の近くに駐車場があります。車を停めて、いざ出発!

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神明神社。こちらがすぐ近くにあります。

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とてもシンプルな神社。
しかし、↑の写真のようにとても美しく、静かに見守っているような神社です。

そして神社の後方へ少し移動すると、そこに目的地があります。

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島津家の家紋入りの旗が立てられています。

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こちらが「島津義弘陣跡」です。

関ヶ原の戦いにおける戦意喪失

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1600年、徳川家康が会津征伐に出ると、島津義弘は徳川家康から援軍要請を受けて1000の軍勢を率いて伏見城へ向かいます。ところが、伏見城を守る鳥居元忠が、徳川家康が援軍要請したことを聞いていないとして入城を拒否。この件があり、島津義弘は西軍への見方します。

しかし、兄の島津義久が兵の動員権限にあったため、弟の義弘は大阪の僅かな兵士か動員できなかった。島津義弘は国元に援軍を要請したが、島津義久も島津忠恒も動きませんでした。

そのため、関ヶ原における島津義弘の軍は1000人程度といわれています。(3000人とする説もあります。)

さらに、石田三成ら西軍首脳は、僅かな手勢の島津義弘を軽視。前哨戦では島津義弘隊を見捨てたり、島津義弘の案を退けたりし、義弘が戦意を失うようなことが続きます。

そのような事もあり、関ヶ原の戦いでは、西軍として陣を張ったものの島津義弘は動きませんでした。石田三成の家臣・八十島助左衛門が使者として島津義弘に要請しても「陪臣の八十島が下馬せず救援を依頼した」として、島津義弘や甥の島津豊久は激怒して追い返します。このこともあり、完全に戦う気を失ったともされています。

「島津の退き口」

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毛利秀元、吉川広家、安国寺恵瓊、長束正家、長宗我部盛親などは傍観し、小早川秀秋、脇坂安治、小川祐忠、赤座直保ら西軍諸将の寝返りにより、石田三成や小西行長、宇喜多秀家らが総崩れとなります。

島津義弘は退路を遮断され敵中に孤立。切腹しようしましたが、甥の島津豊久の説得を受けて敵中を正面突破します。徳川勢の井伊直政、本多忠勝、松平忠吉らの追撃を受けたが、島津勢は、「捨て奸(すてかまり)」と言われる、何人かずつが留まって死ぬまで敵の足止めをし、それが全滅するとまた新しい足止め隊を残すという壮絶な戦法を用います。

島津豊久は重傷を負ったが、かろうじて島津義弘は撤退に成功。生きて薩摩に戻ったのは、わずか80名だったと言われています。この退却戦は「島津の退き口」と呼ばれ全国に名を轟かせました。

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なんとも壮絶な戦場脱出を成し遂げた島津義弘。しかし、切腹していれば全滅だったわけです。
難しい選択をし、生き延びたのは忠義を尽くしてくれた家臣たちのおかげです。そういったところは日頃の心がけがものを言うのでしょうね。

 

島津義弘陣跡

所在地: 岐阜県不破郡、関ケ原町関ケ原1961−4
駐車場:あり
HP:http://www.kanko-sekigahara.jp/

 

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