続いて向かったのが佐助稲荷神社です。
前回の銭洗弁財天から既に看板が経路を示してくれています。
そのためそれに従い突き進みます。
実は今回訪れる「佐助稲荷神社」は鎌倉で最強の出世開運のご利益があるとされているとも言われています。
なぜ、出世開運のご利益があるのか?
それは、源頼朝の夢に稲荷の神霊が老翁の姿で現れ、平家討伐の時節到来を告げて挙兵をうながしたそうです。
そして、それに従い頼朝は挙兵し平家を討ち滅ぼします。そして、かの有名な「鎌倉幕府」が誕生。
その御礼としてこの地に稲荷の社殿を創建させたということです。
伊豆に流された、平家に負けた御曹司が再び立ち上がり征夷大将軍にまで出世した。これはあやかりたいものです。
ということで、頼朝ゆかりの地であり、鎌倉屈指のパワースポットを目指すのでした。
参りましょう。
改めて、「佐助稲荷神社(さすけいなりじんじゃ)」とは!?
神社の縁起によると、平治の乱後に伊豆に配流された源頼朝の夢に、稲荷の神霊が老翁の姿で現れ、平家討伐の時節到来を告げて挙兵をうながした。そのため、平家討伐後、「佐介ガ谷隠れ里」の霊地を選び、畠山重忠に命じて社殿を造らせたという。 「佐助(介)」という地名は、「前右兵衛権佐」だった頼朝を助けたためとか、上総介・千葉介・三浦介という3人の介の屋敷があったため「三介ガ谷」と呼ばれていたのが変化したものなどといわれている。
↑先程も触れたとおりですが、鎌倉幕府で有名な源頼朝さんは平治の乱で平清盛に父・源義朝が敗北をしてから人生が大きく狂った悲しい人物です。
まだ若かったことから殺されず伊豆へ流され死んだように生き延びていた頼朝。
いろいろなタイミングが重なり挙兵に繋がるのですが、まさか稲荷の心霊が枕元に現れるとは…。
マニアックな話にはなりますが、源頼朝は伊豆に流される前の官位が従五位下・右兵衛権佐(うひょうえごんのすけ)でした。そのため周りからは佐殿(すけどの)と呼ばれるようになりました。
その佐殿(すけどの)を助けた稲荷。ということで佐助稲荷神社になったという説もあります。
なお、鶴岡八幡宮の境外末社だったのですが1909年に独立して現在の形になりました。
いざ、佐助稲荷神社へ
赤い鳥居が奥まで続きます。幟も印象的です。
そして到着!
稲荷神社なので狛犬ではなく、お稲荷さんです。
入って正面に拝殿があります。
御祭神は宇迦御魂命、大己貴命、佐田彦命、大宮女命、事代主命です。
拝殿を裏を見ると上がれます
石段を上がると見えてくるのが本殿です。お稲荷さんだらけです。
境内には古い稲荷郡。石塔には苔が生えています。
苔好きにはたまらん感じです。
霊狐泉
↑霊狐泉
麓の田畑を潤す水源として霊狐泉として崇められており、今なお健在です。
佐助稲荷神社・下社
実は佐助稲荷神社の入り口付近に下社もありました。
縁結び十一面観音を祀っています。是非合わせてご参拝ください。
おわりに
長く愛される佐助稲荷神社。お稲荷さんが溢れんばかりのすごい光景を見せてくれました。
実際に枕元に稲荷の神霊が老翁の姿で現れたのかは源頼朝さんにしかわからないわけですが、こうして社を建てたことを考えると嘘とは思いたくないです。
ここに佐殿を助けたお稲荷さんがおられると思うと、俺も助けてもらいたいなぁと思ってしまいます。
出世開運だけでなく、これから正念場を迎えそうな方も是非一度、参拝されてみてはいかがでしょうか?
鎌倉屈指のパワースポットとして名高い佐助稲荷神社でした。
佐助稲荷神社
所在地:神奈川県鎌倉市佐助2丁目22−12
電話: 0467-22-4711
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