さて、岐阜城から岐阜公園へ戻りました。
では行きではチェックできなかった部分へ。
どうしても先に金華山を攻めたいという欲求に勝ことができませんでした。
では改めて、今回攻めるのが岐阜公園内にあるこちら。
【織田信長居館跡】でございます!
織田信長居館跡とは!?
岐阜公園は織田信長公が館を構えた地として知られています。いまから約440年前、信長公は美濃を治めていた斎藤道三の孫、龍興(たつおき)を追放し、みずからの本拠をこの地に移したのでした。それから2年後の永禄12(1569)年、岐阜を訪れたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、その記録の中で信長公の館を「宮殿」と称し、華麗な内部の様子を紹介しています。信長公居館跡の入口部分は発掘調査の結果復元整備され、現在見学することができますが、館の姿や配置など居館の多くの部分はまだ謎のままです。
戦国武将・大名は、山城の場合ほとんど城のふもとにある居館で生活したそうです。常に城に滞在してるものと私は思っておりました。天守は戦で攻め込まれた時に籠城したり、また儀式やその他行事の時に登るくらいなんだとか。そりゃ信長だって平時の時は山のふもとの館でゆっくり寝泊りしていたいもんですよね。
いざ、織田信長居館跡へ
石垣が残っておりますがその大きさにびっくりします。
やはりここにあの織田信長の館があったんだろうなと感じます。
虎口のように曲がる道。
現在は綺麗に木々も植えられており公園の一部と化してます。
ちなみに、岐阜城へ向かう際、ロープウェイから見えたのがこちら。
今なお、発掘中なのです。
こちらが【信長の庭】
【剛】【静】【雅】の3つのコンセプトで造られているそうです。
確かに。その全てが反映されている気がします。
美しい。写真を撮っているだけで時間を忘れてしまいました。
信長好きにはたまらない岐阜公園~岐阜城。
岐阜に来たら絶対に押さえていただきたいスポットです。
織田信長居館跡
所在地:岐阜県岐阜市大宮町1丁目
電話:058-265-4141
HP:http://www.nobunaga-kyokan.jp/
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