臨床で10年も看護師してると、友人からの健康相談が増えてきたmasayan(@masayan382)です。
高血圧だの、高脂血症だの、痛風だのはおまえの食生活の問題だろ?と仲のいい友人にはスパッと言ってしまうのですが、そうもいかないのが「メンタル系」の問題。
友人や恋人、家族が病気を指摘されてそうとう悩んでいる場合、どうやって励ましたらいいんだ?と相談されました。
この記事を読んでいるあなたは大事な人が病気で元気がないときはどうやって励ましますか?
まさか、第一選択で「がんばれ」って言ってないですよね?
今回は事例と看護師目線で励まし方についてお話します。
では参りましょう。
「がんばれ」って言葉
実は看護師界では割りと有名な話で、「うつ病の方に頑張れという言葉は使ってはいけない」と学校で教わります。
既に「患者さんが100%がんばってたら、さらにかんばれっていうのは酷といもの。」って話です。
私も記憶をさかのぼると、やはり学校の授業で習ったのですが、当時は「なるほどねー」って思いました。
ただ、最近の話だと「がんばれって言ってもいい説」や「条件」なんかもあるみたいです。
まぁ、私が学生の頃と言っても10年前の話なんでね。
ただ、やっぱり個人的には「がんばれ」とは言わないです。だって、やっぱり既にがんばってたら酷ですし、何より他の人と言うことが一緒でしょ?
みんながんばれって言うんでしょ?人と違う言葉、私だけが言える言葉、届けたいって思うから「がんばれ」って言葉を使わない励まし方をいつも考えてます。
受け入れ方の問題
では、百歩譲って、患者さんというか、病気を宣告されて悲しんでいる大事な人にあなたはなんて声をかけますか?
そんな状況で言葉を選ぶ前に考えて欲しいことがあります。
それが、今回のテーマでもあります。
【受容段階】というものです。
例えば、あなたが高校三年生だったとします。
受験前は「がんばれ」って言われますよね?
試験当日も「がんばれ」とか「リラックスしろ」とか言われますよね?
合格通知がきたら「おめでとう」とか「よくがんばったな」とかいわれますよね?
全て、どのタイミングも「がんばれ」だったら変ですよね?
患者さんもそうなんです。状況に応じて、適した言葉がけをしてあげてほしいのです。
そんな患者さんの受け入れ状況を理論化した先人たちがいらっしゃいます。
今回は最も有名な【フィンクの危機モデル】をご紹介したいと思います。
危機モデルとは
危機モデルというのは、危機の過程を模式的に表現したもので、危機の構造を明らかにし、援助者が何をすべきかを示唆するものです。
いくつかの段階を経て「適応する」ということが進みます。ただし、「フィンクの」って付いている通り、フィンク以外にも危機モデルを提唱されている方もおられます。
アギュララとメズィックとか、ゴーランとかキューブラーロスとか。
フィンクってすんごく、日本の看護界では有名なんですけど解釈が間違って使われているケースも多々あるのが問題とも言われています。
フィンクの危機モデルが適応できる疾患やケースなのかの見極めも大事なところです。
フィンク以外のゴーランの方がこの人にはマッチしてくるとか、判断に悩むところなのですが今回は危機モデルの選び方ではなく、危機モデルがどういうものか、受容段階というものを初めて聞く人に向けてお話したいなと思っています。
なので、そういう考え方もあるんだなと思っていただければ幸いです。
フィンクの危機モデルとは!?
フィンクの危機モデルは傷性脊髄損傷によって機能不全に陥ったケースの臨床研究と喪失に関する文献研究から成り立っています。
対象はショック性危機に陥った中途障害者を想定しており、障害受容に至るプロセスモデルとして構築されたものです。
ちと表現がかたいですかね。「身体に障害を残した患者がいかにそれを受容し適応していくか」ということを4段階で表現したプロセスモデルです。
なので、障害が残るケース以外では違う危機モデルで考えた方が適していることもあります。
しかし、これを見ただけでそういう過程で進んでいくのかと思うと納得できる部分もあります。
それはまた後方で書く「まとめ」の部分で触れます。先が見えることで援助者側のメリットというものも出てくるとうことを覚えておいてください。
衝撃の段階
最初の心理的なショックを受ける時期です。強い不安を感じ、混乱した行動を示します。一時的に取り乱し、右往左往し、しばしばいわゆるパニック状態におちいります。思考が混乱し、状況を理解したり判断して計画することができません。動悸が激しくなったり、喉が渇いてからからになったり、胸苦しさを感じるなど急性の身体症状が表れる場合も少なくありません。
このようなときには、あらゆる危険からその人を安全に保護することが大切になります。パニックにおちいっている人には周囲の人々の言葉は耳に届きません。落ち着いた環境を準備し、必ず誰かがその人のそばに付き添い静かに見守ることが必要です。また、激しい混乱のためにエネルギーの消耗があるときには、精神安定剤や鎮静剤が必要な場合もあります。防御的退行の段階
自分に危険や脅威を感じさせる状況に直接的、現実的に直面するのがあまりに恐ろしく、圧倒的であるために、自分に起った現実から目をそむけたり、まるでそんなことなど起らなかったかのように心の奥に押し込めてしまったりして、自分を守ろうとする段階です。現実からの逃避や否認、退行などの心の仕組み(防衛機制)が働きます。人はこのような心の働きによって不安を軽減させ、心を安定させていくのですが、このようなときには、周囲の人がそのような状態にある人を支持し、心理的な安全を保証することが大切です。自分の病気に無関心であったり、陽気にふるまったり、子どもっぽい甘え方をしたりする患者さんの行動は理解しにくいかもしれませんが、無理に現実に目を向けさせようとすることは、それ自体がその人にとって脅威となり、その後の関係を悪くすることにもなりかねませんので、注意してください。承認の段階
防御的退行によって少しずつエネルギーを貯えて現実を吟味しはじめる段階です。自分に起った圧倒されそうな現実に直面し、怒りをともなう抑うつ状態や、悲しみ、無力感、あるいはふたたび激しい不安、混乱、退行などを示し、もしも、この状況に打ちのめされれば自殺を企てたりする場合もありますが、適切な支えがあれば、次第に新しい現実に目を向けていくことができるようになります。
このとき大切なのは、その人の気持ちを怒りの表現をも含めてしっかりと受け止め、励まして現実が受け入れられるように支えることです。
無力感を増大させないように欲求にはできる限り早く応え、将来への希望や展望を示すことが必要です。適応の段階
現実を認め、建設的な方法で、積極的に状況に対処する段階です。自分に残された能力、周囲の状況を受け入れ、将来のことを考え、新しい出発をするのです。このとき必要なのは、その人に現実的な自己評価をしてもらい、もっている能力や資源を最大限活用して、満足が得られるような試みを促すことといえましょう。引用元:「暖炉の会」のホームページ
大変にわかりやすかったので引用させていただきました。
次からは以前、友人から相談されたケースで見ていただこうかと思います。
ケース①突発性難聴
当時20代前半の男性。彼は通訳になる夢を持っていて大学生時代に海外留学もし、英語の勉強をしていました。
ところがある日、左耳がよく聞こえないことに気が付きます。
大したことはないだろうと思い、学校やアルバイトもあるためそちらを優先しました。
約2週間経過し、少しもよくならないため病院を受診。そこでの診断が「突発性難聴」でした。
入院後、時間ができたためか私に連絡がきました。
masayanって看護師になったんだよな?私ってどうなっちゃうんかな?もっとはやく病院にきて治療始めてたら治ったんかな。音が聞こえなくなったら外国人との会話できんのかな。おれ、なんのために英語勉強してきたんかな。今点滴してるんだけどさ、全然聞こえないんだよ。ほんとにちゃんと効くんかなコレ。
一方的なまでに、涙声で彼は悲しみにくれるくらい言葉が溢れてきました。
一週間後退院した彼の聴力は戻りませんでした。彼は片耳での生活になりました。
退院後、食事に誘い、彼とあったのですがもちろん笑顔なんて見れるはずもありませんでした。
「今まで当たり前だった世界が今では違う。片方の耳が聞こえないだけですんごく不便だ。聞こえない側から声かけられてもわからないんだぜ?嫌になっちゃうよ。なんで生きてるんだろ、俺。」
自暴自棄。そんな言葉が頭をよぎるくらい、いつも真面目に勉強していた私のよく知る友人の姿はそこにはありませんでした。
数か月後、他の友人たちからも少し落ち着きを取り戻してきていると連絡もあり少し安心していた頃でした。
しかし、そんなある夜、彼から電話が来ました。
電話に出ると彼はパニックに近いくらい取り乱していました。
理由を聞くと、
仮眠後、目を覚ますともう片方の耳から耳鳴りがしていたとのこと。もう片方の耳も聞こえなくなったんじゃないかと思ったら震えが止まらなかったと。数分後から耳が聞こえるようになったけど、もう、どうしたらいいのかわからない
とのことでした。
とりあえず、かかっている病院に連絡して受診ができるなら受診してみようと促しました。
受診をした結果、原因はわからないが耳鳴りも消失しているし、残存している聴力は変わりがないためそのまま経過観察となりました。
その後もたびたび連絡が彼から入るようになりました。残念ながら、突発性難聴という病気は原因不明の病気のため具体的に解決策や打開策というものがないのが辛いところ。
ストレスが原因じゃないかとかウイルス性なんじゃないかとか言われていますが現代医学をもってしても謎の病気。
私から言えるのは「ストレスマネージメント」と「ストレス発散法の模索」といった程度でした。
そんなこんなでさらに数か月後、彼は立ち直りました。片耳が聞こえないという現実を受け入れました。
今では元気に「通訳」ではなく「翻訳系」の仕事をしています。
上記のケースを考察
「衝撃→防御的退行→承認→適応」で考えると、「突発性難聴です」って医者に診断された時が「衝撃」の段階です。
納得できるわけもなく、医者に言われるがままに入院。原因不明の病気って言われても現実感がなかったんだと思います。
そんな衝撃の段階から「防御的退行」へ。それが私への電話です。「もっとはやく受診していれば…。」自分のとった行動への怒りや反省。これからの未来への不安。そんなストレスフルな状況を吐き出したかったのでしょう。
ストレスフルな状況は人によって反応は違います。物や人をなぐたったり蹴ったりする人から買い物やカラオケで発散する人、スポーツで汗を流して発散する人。それぞれです。
そして「承認」の段階へ。上記までのように現実を否定していても現実は変わらないということを悟り始めます。残りの片耳でしか音が聞こえないという現実をもう片方の耳も聞こえなくなるかもという恐怖が実感させたのかもしれません。
ストレス発散法の模索というのもこれからの人生を生きていく上で必要なスキルを身に着けてもらおうと当時は必至に彼のことを考えて当時なりにがんばったように思います。
当時は…、アロマとか、私が通ってたボクシングジムに誘ったりとか、私の趣味のカメラとか…。聴覚ではなく、嗅覚、触覚、視覚で楽しめる、気分転換できるものを提供しようと奮闘した記憶があります。
結論としては私が紹介したもの、興味は示してくれましたが彼の趣味として採用はされませんでした(笑)
そして「適応」の段階へ。彼は全てというと語弊があるのである程度、自分の状態を受け入れたんだと私は思います。
片耳しか聞こえないけど生活はできる。仕事もできる。無事に立ち直って、自立して生きてます。
今、振り返ってみると
恥ずかしながら、ケースでお話しした時って私も若かったし「フィンクの危機モデル」なんて忘れてました。
当時は「患者さん」と考えず、「友達のため」にとできることをした記憶があります。
振り返ってみると爪の甘いところもあったかなぁと思うのですが、当時を振り返るとやっぱりあれが精一杯だったように思います。
何回も言いますが、「フィンクの危機モデル」が絶対ではありません。目安として考えてもらう程度いいんじゃないかと思います。
難しいのが「防御的退行」と「承認」の段階かなと。
ストレスフルで「防御的退行」のときに手や足がでて暴力行為になる人、酒に溺れる人だっていると思うんです。もしも支える人間が妻や夫だった場合、あなたならどうですか?
「この人は永久にこんなことを続けるようになってしまったのだろうか…。」って思いませんか?
でも「フィンクの危機モデル」を知っていたら「今はどうしても荒れざるをえない時期なんだ。でも、この先きっと受容できるはず」って思えませんか?
そうしたら、支え方も違ってくると私は思うんです。今後の経過を見据えておくことってメリットがあると思うんです。
あと、単純に「受容」というのも順序よく進まなくて、せっかく「承認」の段階に進んでも「防御的退行」に戻るケースもあります。
進んでは戻り、進んでは戻り。何回も繰り返してようやく「適応」に進むケースだってあります。
こういう経過を知った今、あなたは目の前で大事な人が悩んでいるとき、苦しんでいるときに「決まり文句のようにがんばれ」って言うことが適切であるって思いますか?
タイミング、すごく大事だと思います。個人的には承認の段階の中で、ある程度本人がやる気が出てきた段階あたりから「がんばれ」って言う選択肢を選ぶかどうか検討したいところです。
間違っても「衝撃」「防御的退行」のタイミングではあまり使いたくないかなと思います。
まとめ
今まで病気で元気がない人を励ます時って「受容段階」を考えたことありましたか?
比較的、自分が病気をしたとか、入院したって経験がなく、元気に過ごされた人は特に入院が必要になった人の気持ちとかわかりにくいんじゃないでしょうか。
また、自分の事のように感じる人はなんて声をかけたらいいんだろうかと悩む人もいるかもしれません。
ただ、個人的には「相手が励まして欲しいって思ってますか?」というとこからだと思います。
実は「励まさなきゃ」って思い込んでませんか?
あなたが必死に励まさなくても、自力で受容できませんかね?
自力で受容することも大事なことだと思いますよ。
…というのは、「励まさなきゃって」必死に思ってしまう援助者に対して私が言いたいことです。
特に熱心なお母さんに多いですかね。多少見守ることも、選択肢の一つです。
では、励ますことを選択したあなた。
「励ます」ということは、実は「言葉をかけるだけではない」です。
むしろ、必死に声をかけられる方が「私ってそんなに心配されるほどの重症なんかな」感が強くなりますよね?
「励ましにお見舞いに行く」というスタンスよりも、「短時間で顔見に行く」くらいの方が効果的なケースもあると思います。
実はこういうふうに励ましてくださいという答えはありません。放っておいて欲しい人、弱ったときは人に甘えたい人、需要も好みも、受容段階も人それぞれだからです。
「あんなに優しかった 人が、人が変わってしまったかのように暴言を吐いてくるようになってしまった…」と思ったら、よくよく受容段階を考えたら怒りを吐き散らす段階だったりしてませんか?
援助者が今は耐えてその怒りを受け止めてあげることが相手のためになる時期かもしれませんよ。
そういったこともあるため、経過と好みと、段階を見極められるくらい相手をよく見てあげてほしいなと思います。
ここまでこの記事を読んだら、「そんなに難しいことなのか」って思いました?
そしたら、そこまで考えないで「がんばれ」って言うことがどういうことかもわかりますか?
盲目的に「がんばれ」は少し遠慮して、考慮してから声をかけるでも遅くはないですよ。
考慮して、それで「がんばれ」って声をかけるのがベストだ!って結論なら最良なんだと思います。
おまけ
今回の記事を書くにあたり、ケースで事例を使いたいので例の友人に連絡しました。
…ということで使わせてもらいたいんだけど。
名前出さなきゃ使っていいよ。あんときはmasayanに世話になったしな
ははは。そうか。
あんときはさ、おまえだけだったんだよ。かたくなに「がんばれ」って言わないの。みんなさ、面会にきたときとか、飲みに行ったときとか別れ際決まり文句のように「じゃぁ、がんばれよ」って言うんだよ。「原因不明の病気にどうがんばれって言うんだよ」ってちょっと思ってた。もちろん悪気がないのはわかってたから何も言えなかったんだけどね。
そうか。
masayanは「何かあったら言えよ」とか「また来週くるわ」とか「時に身を任せろ」とかいろいろだったな。
おれ、そんなこと言ってたっけ?
言ってた。でも、あれだな。カラオケんときは必ず「がんばれ」って叫んでたけどな。
あ、あれか。
それ。あれは効いたな。嬉しかったよ。また今度歌ってくれよな。
おう。そうだな。
なんてやりとりがありました。
簡単に「がんばれ」って言うなと言っておいてなんですが、私も人間ですから「がんばれ」って言いたい!でも言いたくない!そんな葛藤があったんでしょうね当時は。
彼とよく行ったストレス発散目的のカラオケ。(音量を下げて、マイクなし)そこで歌ったのが…。
THE BLUE HEARTSさんの「人にやさしく」でした。
ニヤッとした方、笑った方は、まぁ、その通りの意味です。
よくわからないという方、名曲なので歌詞を検索してみてください。意味がわかると思います。
面と向かって「がんばれ」って言えない人はこういう手もあるという事だけお伝えしようかと思います。
マイクロフォンの中から言ってやるのも選択肢の一つです。なんてね。
この記事があなたのお役に立てたのであれば幸いです。
ご一読ありがとうございました。
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